november.02.2002
 こんにちは、今日は土曜日ですね。まだ寝てるかも知れないのでFaxにします。きのうメールを送った注文品にびっくりしたでしょ。それで赤系がほしいそうです。全部で3本送って下さい。(※パブロフマートの事を話したら知り合いのパソコンから早速注文してくれたのでした)

 今日日通と引っ越しの打ち合わせをしました。お父さんがソファセットを持って行きたがってたので少々心配してたが、会社の規定内に収まるようでほっとした。食器等は殆ど処分するので、今回は荷物が少なくなった。炊飯器もコーヒーメーカーもミキサーも処分。ソファの為に。
 いよいよ荷物の整理、箱詰めに取りかかろうと思う。
母より
november.16.2002
 こんにちは、お元気ですか。

 荷物が届きました、ありがとう。もう箱詰めをしてるから早速に使ってますよ。ダンボール大小23箱作った。残りはクラフト関係とフトン位かな。12/17の船便だから、もう少し先に行ってからでも良いのかも知れないけど、ダンボールがあるとウズウズとして毎日毎日1人でああでもないこうでもないと詰めてる。箱詰めのプロになれそう。

 ところで、荷物の中に入ってたキャットニップ入りのネズミかわいいね。ケンタ夢中でポンポンはね上げて遊び、階段に体をスリスリしてたよ。口にくわえて走りまわってた。その後、首輪があったのでつけたら、びっくりして体が動かなくなってだっこしたらコチコチ。部屋のスミやテーブルの下などに小走りで行っては、伏せをして固まってしまってる。でも、はずそうとしないから慣れるかもしれない。
 今迄何度か首輪をつけたけどものすごく嫌がって、革のをつけた時などかせてしまって首の周りがブツブツになってしまいあわてた時も。これってネコの好きなハーブが入ってるの?今日で2日目になる。ストラップもありがとう。明日会うことになってるから渡します。若い人達欲しがるかもしれないね。

 明日はフ菓子を食べながらお茶をしよう。
 それではどうもありがとう。明日は雪になるかもよ。
母より
このFAXの直後、11月17日に父が突然の激しい頭痛に襲われ、緊急病院に運ばれました。途中2度程吐いてしまい、母は少し覚悟をしていたらしいのですが、CTスキャンの結果出血はしていないとのことで一度家に戻りました。が、翌日やはり症状から見ておかしいからともう1人のドクターから連絡があり(こういう場合2人のドクターが診察するのです)、造影剤を入れてもう一度検査をしたところ、破裂寸前の「脳動脈瘤」があることが発覚しました。
薬で血圧が下がるのを待って20日に手術。成功率20%という危険な状態にもかかわらず、手術は無事成功。駆け付けた私にも話しかけれる程でしたが、その夜容態が急変。動脈瘤の周りの血管にかなり萎縮が進んでしまっていて、それを元に戻そうとする体の力が血圧を上げ過ぎてしまい、結果、他の毛細血管からいわゆる「くも膜下出血」を起こしたのでした。出血した血液の量は少量なので、手術はせずこのまま薬で脳圧と血圧を押さえて自然に脳に吸収されるのを待つことになり、父は麻酔をかけられ、人工呼吸器をつけて絶対安静の状態になりました。何本もの点滴をうでや首に挿され、頭や胸にセンサーをつけられ、コードやチューブだらけの父の姿はとても痛々しいものでした。
でも、父はドクターも驚く程の回復力を見せ、5日後には麻酔が外され、更に5日後には人工呼吸器が外れ、12月3日にはICUを出て一般病棟に移りリハビリが出来るようになる迄になりました。危惧していた左側の麻痺もなく、安心していたのですが、脳の病気は一筋縄で行くものではないらしく、なかなか頭がはっきりせず、抗生物質の副作用で下痢をしてしまったり心配はつきませんでした。
12月11日に体の方はもう大丈夫と言うことで、リハビリ専門の病院に転院したのですが、そのあたりからなんだか表情が乏しくなりぼーっとしてたり、リハビリの最中に集中力がなく眠ってしまうことが多くなりました。急にリハビリをしたために疲れているのかしらと、母や通訳の方と話していたのですが、実際はそうでありませんでした。
12月14日昼過ぎからとうとう眠ったまま起きなくなり(起こすと反応するが目が開かない)、ドクターの判断でまた前にいた病院へ救急車で運ばれてCTスキャンの検査をすることになってしまいました。結果「水頭症」という合併症を起こしていることが判明。同時にかなりの脱水状態だった為に点滴で水分を補給し、12月17日に「VPシャント術」という手術を受けました。
その後の経過は最初の手術後よりも良く、驚くことに術後4日で歩行器を使って1人で歩ける程になりました。まだちょっとふらつくので、いざと言う時の支えは必要ですが自分でトイレに行ける様になり、食事も今迄はのどの働きが弱まってる為ペースト状の物しか食べられなかったのが、手術の次の日には普通の食事が出来る様になっていました。
12月23日にはまたリハビリ専門病院に戻ることが出来、いまはたくさん食べて水分をとって体力をつけ、リハビリに励む毎日です。

実は1月1日にはアメリカでの仕事も終わり日本に帰国する予定でした。今迄忙しく働いていてやっと待ちに待った帰国だったのに、その目前でこんなことになってしまい、帰国も延期せざるをえなくなってしまいました。
Dec.29.2002 tomoko
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