8月のアタマから9月中ごろまで母だけ真夏の日本に帰国してました。父はケンタとお留守番。
september.17.2002
  元気ですか。おかあさんです。

 LEXINGTONの空港には日本時間の17日AM4:40に到着した。家に着いたのは5:30近くなっていた。日本の家を出発してから21時間以上も経過してる。もうクタクタ!

 今回の帰国は1人だったし、LEXINGTONで飛行機のトラブルでキャンセルになって、その日のJAL9便に間に合わなくなり翌日のJAL便は満席で、結局翌日デルタを利用しアトランタ経由(初めてのところ)で行くはめになり、やっと手に入れたJALエグゼクティブは手の平からハラハラと落ちていった。
 デルタも急な予約なので五人掛けの中席。でも前が通路になってたから(せまかったけど)隣の人にあまり気を使わず立ち歩けたけど、ひっきりなしに目の前を人が通っていてゆっくり眠ることもできず、足を伸ばすと邪魔になるので疲れがたまる一方。食欲もなく辛い13時間であった。日本に着いた時はほっとして、そのままベットにもぐり込みたい気分で自分のトランクが流れてくるのを待ってた。

 日本は暑かった。湿度があるから余計感じるね。2日目あたりから庭の手入れ。すごい草でボウボウとしてたのを2人の姉達が取ってくれてあって、山のような枯草を姉と片付け。朝の5時半から始めたけど(こんな時間に外で働くなんて逆立ちしても出来ないでしょ)汗がダラダラ、目にしみて痛くて、日も高くなってくるし10時前にやめた。シャワーをあびてすっきり。部屋は朝からクーラーを入れ涼しくしてあるので、もう外へ出る気なし。
 日本は4時半頃は明るくなってる、涼しいうちに仕事出来るからいいね。そんな事を3日程続け、部屋もきれいに片付けお盆の準備も出来た。
 8月末になっても暑く、9月になっても暑く、もう出来る事は車で買物だけ。それも朝のうちか夕方だけ、日中は家の中で遊びに来たMちゃん(3歳)のお相手をしたり、テレビを見たりの毎日であった。

 日本を出発する頃は3連休の最後の日だからきっと旅行する人は少ないと思ってたら、今まで見た事のない程の混みよう、びっくり!!昼寝する事もなく過ごした日々だったので、血圧が上がってしまったようで後頭部が重かったのでチェックインの時一応話したら、今日はとっても混んでいるので一席分余分にとっておきましょう、と手配して下さり、スチュワーデスさんにも連絡して下さったようで時々声を掛けて下さり、心強かったですよ。
 シカゴからレキシントンへは6時間くらい待ち時間があるので、今回はデルタを利用しシンシナティ経由レキシントンになった。待ち時間は3時間。でもシカゴで税関入口は長蛇の列、女性の係官が時々税関カードをチェックして何やかサインしてるので、何やってるのかなーってアホな顔して見てたら、その人と目が合って”うん、あなたにも書く”って感じで、通り過ぎようとしてたけどカードにマジック書きされた。あっもしかして、と知らんふりして横むいてりゃ良かったと思った。案の定、別な場所で荷物のチェック。持ってはいけない物など入ってないけど、係りの人が見た事のない影など映ると中を開けるんだよねー。トランクの方が開けられ、石川県の加賀麩で作られたお吸い物最中をめずらしそうな顔で見てるので、それは日本のスープだと言ったらますます不思議な顔して隣の男性にしおりを見せてる。食べ方の絵が描いてあったのでその人はすぐ解ったようで、スープだよとおしえてるけどフーンってしみじみ見てるの。そして1人でオー、OK、OKとか言って、別にあやしい物が入ってなければの〜んびりしてるんだね。私はイライラしたが。
 シンシナティでそのまま座って待ってるのかと思ったら、1時間待ち時間があるので一たん降りてロビーで待って又搭乗した。今回は初めての事ばかりなので、不安でもあり楽しくもあった。知らない場所って少しワクワクするものね。

 今日はこの辺で、眠いよー。
母より
september.19.2002
  こんばんわ、日本はまだ暑いですか?レキシントンももう少し涼しいのかと思ってたが、日中は暑い。今迄にない陽気だそうです。やはり温暖化の影響なのかしら。

 ケンタはとっても元気でした。荷物を開けてたら外から帰って来て一瞬びっくりした顔してた。抱き上げたらスル〜ッとすり抜けてしまいガッカリ。お父さんは「1ヶ月半もオレと一緒に過ごしてたんだよ。もうオレにベッタリさ!ケンタ、オトウサンの膝においで!ホラホラ来た、かわいいなー」と目を細めてた。でも、すぐに下りてしまって、ソファに掛けて休んでた私のところへ移ってしまいベターッとはりついて甘えはじまったの。おもしろくないのはお父さん。「こら〜、ケンタ!そんなに急に着持ち変えしてずるいな。あんなに毎日ベタベタしてたのに!つまらん!」とブツクサ言ってた。

 きのうはベルハウスボランティアのリーダーであったジャンさんの新居へ招かれて行って来た。日本人は6人。戻った翌々日の事なので体調が良ければ、とMさんから電話があったのです。家にいると眠くなってしまうので参加することにした。
 ポトラックなので何か料理を作ってかねばと材料を探したが、冷蔵庫にも食品庫にもすぐ出来るような物がない。なんせ前日の夜の事。明日朝、クローガーでくだものを買って何とかしようと落ち着く。店は7時から開いてるので助かるよ。フットボールのような形のメロン(緑と黄色の混じった模様のついてる)(黄色でしわしわのもある)いちご(以外と甘かった)ぶどうをボールにもり合わせただけ。
 家は今迄住んでいた隣と云うが、その間の長いこと。やはりアメリカだね。周辺は牧場地である。ジャンさんの御主人の両親が住んでいた家に移ったんですって。昔は牧場経営しててとっても広い敷地で、古い大木がいっぱいありとってもすばらしいところです。家もすごい。写真を何枚もとったから送りますね。
 庭の一角に一軒家があってゲストハウスになってる。昔は使用人の一家が住んでいたとか。ジャンさんの新婚当時はその家に生活してたとのこと。日本では想像もつかない程。

 家主が亡くなると、その息子夫婦が移り住み、と代々過ごしてる家で1800年代に建てられたんだって。階段が二ケ所あるので不思議に思ってたら、一つは使用人が使う階段だったとか。来客に姿を見せることなく台所へ行ったり部屋の掃除に行ったり出来るようになってる。
 家の中も住み易くする為今回ずいぶんとリフォームしてあり、ベッドルーム毎にトイレシャワー付き、マスターベットルームには日本の風呂より深そうな、それでいてばか広くないジェットバスが付いてる。残念ながらフィルムが終わってしまい2階は写すこと出来なかった。どの部屋も窓の眺めがすばらしかった。子供がなく5匹のネコと2匹の犬と一緒に生活している。

 ところで、こちらに着いたらクシャミの連発。セイタカアワダチソウが満開になってたので、花粉がいっぱい飛んでるのかしら。鼻がムズムズ、ズルズル。あ〜嫌だ。
母より
coppyright(c)2000-2002 fumiko all rights reserved.

- BACK -